つい先日、勉強会でちょっとした知り合いと再会しました。半年ぶり、ということで見た目までは変わってなかったですが、今まで知っていたその人の知らない一面は見れたかな、という気分です。今まで会っていた場所と全然違う場所だったせいかなぁ。

でも、お互い知らない面を見たから、と言うわけではないですがお互い成長しているんだろうと強く認識しています。んで、こうやって再会をして、その人のまた新しい一面を見る度にワクワクがこみ上げてくる。

何年かして、再会して、何かしようって思ったとき、もしかしたら面白いことができるかもしれない。何だか、そうやって思う度に、この再会におっきい価値が生まれている気がしているから。

だから、今年の目標の一つは、「再会をするための出会いをすること」です。

いつか、自分が面白いことをやりたい。若しくは、やりたいと誰かが思ったときに一緒にやれるような、そういう出会いをしたい。そして、再会が楽しみになるような出会いでありたい。再会をしたときに嬉しくなるような出会いでありたい。

今年はいっぱいの出会いと、大切な出会いをしたい。そう思います。

んで、いつか、来るべき時に再会しよう。

ねこねこねこ

あー猫に囲まれて、猫になりたい。こやつは実家の猫ちんね。ちょっと色々あって、無性に猫が見たくなって、探してみた。

ナリナリドットコムで見かけた記事にとっても良いPVがあった。佐々木健介と北斗晶夫妻の幸せそうな顔を見ていると、きっと時代が変わっても幸せを感じる感情の原因なんて変わらないんだと、気づく。

いいなぁー。素敵です。

もうすぐAM2時です。寝ようと思ったけど、最後にこれを書いて投稿。

人は何をもって、コミュニケーションするのか。
ちょっと理系に言って「何を媒介としてコミュニケーションするのか」。
10月ぐらいから言おう言おうと思っててタイミングを逃してた。

Webの人なので、Webサイト上での話。
人は媒介となる情報(以下、媒介情報)が無ければコミュニケーションできません。

現実の世界で言えば簡単。「容姿」「声」「言葉」「しぐさ」「香り」「しゃべるリズム」「目線」「話の流れ」「肩書」「所属会社」「故郷」「血液型」「経歴」「学歴」、人は多くの情報を利用してコミュニケーションをとっています。その情報を操作することによって、他人に与える印象を変えて、且つ相手から情報を引き出す。
これを相互的に行うことをコミュニケーションと呼びます。

んでは、この情報が一切無かった場合、人と人は何ができるか。答えは何もできない。相手がどういった人なのか認識出来ない。そもそも人かどうかも分からないかもしれない。

これは、ネット上においても同じ。
何らかの情報を媒介とするからこそ、人は人とコミュニケーションをとることができる。

「文字」を媒介にする – Twitter
「料理」を媒介にする – クックパッド
「人間関係」を媒介にする – Facebook(元々のコンセプトは確か)
「ゲーム」を媒介にする – gree(他、ソーシャルゲーム利用サイト)
「アバター」を媒介にする – ニコッとタウン
「写真」を媒介にする – fotologue
「映像」を媒介にする – youtube
「音楽」を媒介にする – lastfm(使った事ないから知らなけど)
「経歴」を媒介にする – ケイレキ.jp
「イラスト」を媒介にする – pixiv

いやまぁ偏りがあるとか、もっと有名なのがあるとかそういうのは置いておいて、有名になるサイトの大半は何かしら軸となる媒介情報が存在する。ただし、mixiなんかは数の力でたまたま当たっただけで、mixiアプリが出るまではとても軸が中途半端なサービスだった。

そして重要なのは、この媒介情報こそが利用ユーザーの「アイデンティティ」そのものになること。現実でも「この人はこういう人!」なんて憶測を立てるものですが、その憶測を立てる情報が媒介情報そのものなのです。

そんで、、、次はデフォルメの話で、、、。

あぁ眠くなってきたからまた別の機会にしよ。ねむ。続く…


もし自分がCMを作る人間だったら、こういうCMを作りたいって思う。
15年ってあっという間なんだと、改めて思う。
震災から15年。自分のことばかりではなくて、周りも大切にしたい。

オマケだけどこれ泣けるCM。

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